何でそんなトコに住んでるの??
と、聞かれれば、
『親戚がこの辺に住んでるから。』
・・・の、一言です。
マキルダファミリー移住の由来は自分のサイトでも書きましたが、かれこれ8年ほど前に母の妹が今の土地を買わないかと勧めてきました。当時はプーケットに遊びに来た時は妹の家に泊めてもらってたのですが(ちなみに母の実家はバンコク)、妹の家と近いし道路付けも良いし、お買い得物件ということで親が購入。老後に住むつもりで家も建ててみたりして。
そのころマキルダファミリーは日本で借家暮らしをしてました。私は元相方と自分の両親&弟との2世帯暮らし。7LDKという広さの家だったのですが、大家さんが売るからということで出て行かねばならなくなってしまいました。この住人の人数でこの広さからランクを落とすのはキツイ。車だけでも4台あったので停める場所も大変。同じような物件で同じような賃料はなかなか無く、子供達もそれぞれ家庭を持って独立できるし・・・ということで両親はかなり早めのプーケット移住を決意したのでした。
それが今から約5年前。その土地を勧めてきた妹は実は悪妹で、ちゃっかり名義人に自分の名前も入れちゃってて借金のカタにしようとしてたのでした。バチがあたったのか、旦那が女を家に連れ込むようになって、悪妹はバンコクの実家に帰って現在もバンコク暮らし。その上の母の妹のウッチャンは当時は身寄りがなかったのだけど、優しくて気が利くので今でもウチで一緒に暮らして家事を担当してもらっています。
そんなこんなで超マザコンだった私は母と離れた生活をすることになり、夫婦で日本に残りました。親が移住するときは夫婦で一緒にプーケットに来たんだけど、帰国の時は両親号泣でしたね。私はぐっと我慢。別れ際、母が泣きながら『愛してるだからね!!』とぎゅっとハグしてきたのが忘れられません。そして、飛行機が離陸してから何と、家に着くまで私はひたすら号泣だったのでした(苦笑)それからかなり長いこと私はもぬけの殻でしたねー。ママチャンと離れてることが悲しくて辛かった。離れてるだけでも悲しいのに、もし死んじゃったらどうなるんだろう・・・なんて想像したりして。よーするに極上の甘ったれなんですよマキルダさんは。
だって極上に甘やかされて育ったんだから仕方ない。←開き直り。
こうやって育てられた人間は自分じゃ何もできない困ったちゃんなので、碧はそうならないように厳しく育てます!!
そして親が移住して一年も経たないうちに夫婦問題勃発。親には心配かけたくないので黙ってるつもりだったのに、電話で声を聞いたらもう涙が止まらなくて・・・。すぐに両親が帰国してきて私をプーケットへ強制送還w更に現在に至るまでのお話は長くなるので、いずれの機会に。
とりあえず、そういった流れがあり、今があるのです。初めて悪妹の家に行った時は、門を車で入るまでの道のりがまさに『ジュラシックパーク』のようなジャングルぶりでした。
ぶっちゃけ『都会派』の私としましては、都会のネオンが恋しい日々でございます。買い物したーい!!!画像をご覧ください。↓

これは父の仕事場の屋上で撮影したものですが、背景の通り、まわりはジャングルなのです。
碧はお嬢様キャラで設定したかったのですが、このままじゃジャングルの女王様ですねぃ。。。
大自然の中で伸び伸び育てるのも良いけど、コブラに噛まれないようにせねばねw
−by makiruda−
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