そして約一か月分の日記が終わるのっていつのことやら・・・(汗)
2007年12月28日 『出発の日』
我々ファミリーが全員で日本に行くことが決まったのは9月終わりくらいのこと。それから数ヶ月、ただひたすらに碧と飛行機という密室空間を味わうことを恐れ憂鬱になってた私。10月には碧のパスポートを取るためにバンコクへ行ったが想像の通りの大変ぶりであった(碧が突発性発疹やっちゃって体調不良なのもあったが)。
しかし、行きの便は夜発。眠ってくれるだろうという期待を込めて旅立つ。
飛行機のフライト時間は確か夜の9時40分くらいだったかな?私たちは8時過ぎには着いて余裕のよっちゃんイカで空港で出国手続きをする。
が!!!!!
事件はここで起こった。
碧はタイで産まれて、パスポートには当然ながらタイに入った入国のスタンプとかビザとか何もない。なので、一度イミグレにビザ作りに行ったのだけど、受付で『子供は要らない』と一蹴されまして、腑に落ちないながらも取り合ってくれなかったのでビザは作ってませんでした。そして、以前、在住の友達に『タイの出生証明書を見せれば大丈夫だよ』と言われていたのだが、こともあろうかアテクシ、忘れてきちゃったんでございます。
いえ、正確に言いますと、碧の出生証明書はちょっと複雑なことになってまして、逆にイミグレなんかで見られて突っ込みいれられるのもマンドクセーなと思ってあえて置いてきちゃったんですよね。それと、持って行こうかどうしようかと思って証明書を見たときにコピーの予備がなかったから、これまたいちいちコピるのマンドクセーと思って持っていかないという決断をしてしまったんですね。
でも何も考えず普通に受付してたので、碧の番になっていきなり受付のお兄さんが何か言い出したときにはびっくり。アワアワしてたら偉そうなおじさんが出てきて引き継がれてしまった。バァバの通訳で出生証明書の番号を教えろと言ってると言われ、顔面蒼白。持ってねぃお!!
そこでジィジが何で持ってこないんだとお怒り魔神。出かける前に101回くらい『パスポート持ったね?』と聞かれたが、誰も出生証明書については触れず。役人が大の苦手のバァバもオロオロしちゃってるし、なんとも言えない嫌ーな空気が流れまくった。
その、出生証明書の番号が無いとどうにもならんとオジサンはニコリともしない。証明書取りに帰らないと駄目か?そうなると時間が非常に厳しい。あまりにもオジサンの態度が横柄なので
『くっそう!!!貴様!!いくらだ!?いくら欲しいんだコンニャロー!!!!!』
と、脳内で怒鳴りつける妄想しながら(先日友達がプーケットから日本に帰国する時になんだかイミグレで時間を延ばされギリギリになってしまい、早くしてもらうようにしたら500バーツ取られたと言ってたので、時間引き延ばし作戦かと思った)、とりあえず家に電話してもらった。
幸い母の妹が電話に出て出生証明書を見つけてくれた。良かった、わかりやすい所にちゃんと保管してて。そして、それを空港にFAXしてもらうことになった。
普段、母の妹達は家の前で屋台やってて外にいるので電話に出なかったりするんだけど出てくれて良かったよー。
しかし、うちのFAXは日本から持ってきた物で、表示が日本語の為、送信方法がわからないという。そこでジィジが『だから使い方教えておけって言ったじゃん!!』と怒り魔神。なんか、足止め食らってることよりイライラハラハラしてる両親に私は寿命が縮みまくりでしたよ。
結局FAXは近所の店から送ってもらって無事受け取れた。出生証明書も細かく見られると突っ込まれる部分があるので、かなーりドキドキしつつそこで少し書類とか書いて、パスポートに番号とスタンプもらって無事出国手続き終了。
一瞬『行けないかも。。。』と最悪の物語まで想像しましたよ。心臓に悪いわ。
免税店で碧はハイハイで好き勝手に動き回り、すぐに搭乗時間が来てフライト。
この日の為に、最終手段の『おっぱいちゃん』を生かしておいてまだ断乳していなかった碧。
一歳になったらパイパイとはお別れさせようと思ってたんですけどね、密室で騒いで手が付けられなくなったらもうこの人(ぱいぱい)に頼るしかありませんもの。
でも飛行機が飛んで、しばらくして少し暴れはしたものの、ミルク飲んでご就寝。

一時間少しでバンコクで乗り換え。それでも起きることも無く。←寝てるほうが持ちづらいのぅ。
確か、バンコクから日本への飛行機の中で一瞬起きたけどパイパイ飲んで静まった。
ここからが悩みどころ。
碧の席はないし、満席で他にも移れないからひたすら抱っこ。
すんごい疲れる。
でも動かして起きて欲しくない。
でも床のスペースに目が釘づけ。ここに寝かせられたらどんなに楽か。
置きたいという願望と、いまだ夜泣きの激しい碧がおとなしく床に寝てるわけがないという葛藤を繰り返し。。。

結局、床に放置。
あぁ、なんてラクなんでしょう。さっさとそうすれば良かった。
腕は楽になったけど、結局なんだか足の置き場が落ち着かないし踏んでしまいそうであまり落ち着かなくて私は少ししか眠れず。飛行機の中は乾燥するので寝ながらも哺乳瓶で水を飲みまくってました。
今回はチャイルドミールも頼んでおいたんだけど、朝の4時くらいに来たかな。

これが、すんげ不味そうで(爆)どこか遠くに養鶏場の香りを感じる食べ物でした。わざわざ頼むこともなかったなと後悔。
しかし、食べ物の匂いにつられたのか、ミーコまさかの起床。
が、ほとんど食べず。
大人の機内食は美味しかったな。毎回『ビーフorフィッシュ?』で悩むのが楽しみ。
時刻は朝の7時頃。無事日本に着陸。
ミーコは通路をハイハイで逃げようとしたり、ほのかに親を困らせてくれるものの、大絶叫は無かったので(いや、2回くらいは吠えたかしら?)想像してたよりは地獄じゃないフライトだったので助かった。
そーしーて!!!!
ついにミッチェルちゃん、日本発上陸!!!!!!
空港からは高速バスで新百合ヶ丘へ移動なのだけど、バス乗り場に向かうために初めて外の空気を味わうミーコ。この日の気温は摂氏4度。前日まで裸ん坊大将でオムツすら付けずに家を自由に動き回ってた我が娘。。。

『オホー!!オホー!!!!』
と、警戒音を出しながら、初めて出る口からの白い息に驚きながら、初めて感じる『寒さ』にただ驚き、どうして良いのかわからず戸惑うばかり。家族は大爆笑w

『おかかー!!なにこれなんだこれ?!お手々とかほっぺとか痛いよー!!!!
口から変な煙が出るよー!!!』
そして、ブルブルミーコを連れ、バスに乗り込む。むしろ飛行機よりもバスの方が暴れだしたら大変だ。抱っこしてうろうろするわけにもいかんし。しかも、この日、事故で首都高湾岸線が閉鎖という恐ろしい事態が起きてしまい、何時間かかるんだ?!と、恐怖におののいたのだった。
し・か・し。
碧は空港で買ってあげたおもちゃのキティーの携帯電話に夢中。おにぎり食べて、大人しく遊んで。うるさくなってきたらパイパイ攻撃。そしたら寝ちゃった。オカカも爆睡。
バス会社の配慮でアクアラインを通ってくれたので普通に到着。久しぶりの新百合ヶ丘じゃ(私は新百合ヶ丘出身)。懐かしす。
今回の宿は横浜の十日市場というところのウィークリーマンション。ジィジが日本滞在用に中古車を購入していたので新ユリからジジババは弟の家に車を取りに移動。ワゴンに乗り換えて一ヶ月お世話になる宿へ!!
車の中ではそれなりに暴れてた碧。この生き物、車とかの密室が本当に駄目なんです。
無事宿に着き、一休みして駅の方へ飯を食いに移動。それにしても日本大帝国の寒いこと。飯屋を求めて外をうろうろしてる間に碧さん眠りについてしまいました。和食屋に入ってさっそく刺身定食を食べたんだけど涙もののウマさ。OISHIなんて糞食らえと思いましたね(爆)まじで。←でもプーケットに戻った今、OISHIでも良いから寿司食いたいとぼやいてる私。
せっかくご馳走があるのにぐっすり眠って起きない娘。お座敷に放置して親はモリモリ食いまんた。寝ててくれてまりがとう、娘。
でも食べ終わっても起きなくて、結局ご馳走を食いっぱぐれた碧。この後の滞在期間も碧はご馳走を食べる時に限って眠ってしまい『食いっぱぐれのミーコ』と異名を持つのであった。
食後ダイエーに買い物に行ったんだけど、子供用のカートに乗せても首が折れそうになりつつ眠り姫。ほんと、何しても起きない。凍死してるのかと思いましたよ。

疲れちゃったんだね。
この後はスーパーで買った離乳食を食べさせて風呂入って就寝。
・・・の、つもりだったのに、想像を絶する碧の夜泣きに全く眠れないオカカなのでした。
その様子は長くなっちゃったのでまた次に。
−by makiruda−
↓あまりにも記憶が薄れててやっつけ仕事的日記だに


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